「利用者やご家族からの暴言、これってどこまで我慢するのが仕事なのか分からない」——訪問介護や施設のスタッフから、そんな声が聞かれることが増えています。2026年10月から、介護事業所にはカスタマーハラスメント(カスハラ)対策が義務化されます。方針を決めるだけでなく、相談を受け、事実確認し、記録を残す仕組みまで整える必要があります。
先に、要点をまとめます。
- 2026年10月1日から、規模・サービス種別を問わずすべての介護事業所にカスハラ防止措置が義務化される。訪問介護のような一対一の場面に限らず、通所介護・施設サービスも対象
- 義務の中心は「方針の明確化と周知」「相談体制の整備」「事実確認と再発防止」「プライバシー保護・不利益取扱いの禁止」の4本柱
- 多くの事業所で難しいのは方針を作ることそのものより、実際に相談が来たときに事実確認・対応・再発防止までを記録として残し、繰り返さない仕組みにすること
- 相談記録と対応履歴、行動計画をどう1つの基盤に載せるかは、後半で具体的に触れます
介護事業所のカスハラ対策義務化、何がいつから変わるのか?
2026年10月1日から、規模やサービス種別を問わずすべての介護事業所に、利用者・家族からのハラスメントを防ぐ体制整備が義務づけられます。
これまで職場のハラスメント対策というと、職員間のパワーハラスメントやセクシュアルハラスメントへの対応が中心でした。今回の義務化はそこに、利用者やその家族からスタッフへのハラスメント、いわゆるカスタマーハラスメントへの対応体制整備を加えるものです。訪問介護のように支援者一人が利用者宅に伺う一対一の場面はリスクが高いとされますが、通所介護や施設入所サービスであっても、居室でのケア中や家族との面談の場面でハラスメントは起こり得るため、サービス形態を問わず準備が求められます。
義務の中心となるのは、次の4本柱です。
- 方針の明確化と周知: 事業所としてハラスメントを許容しない方針を明文化し、職員だけでなく利用者・家族にも周知する
- 相談体制の整備: 被害を受けた職員が相談できる窓口を設け、秘密保持と不利益取扱いの禁止を明記する
- 事実確認と再発防止: 相談を受けた事案について事実確認を行い、再発防止策を検討・実施する
- プライバシー保護・不利益取扱いの禁止: 相談したことで職員が不利益を受けないようにする
これらは運営規程や重要事項説明書への記載、職員研修の実施ともあわせて求められる見込みです。制度の詳細な運用は自治体の指導・自社の顧問社労士等に確認いただく前提で、本記事ではこの体制をどう仕組みとして日常業務に組み込むかを解説します。
なぜカスハラ対応は「方針を作った」だけでは機能しないのか?
方針や相談窓口を用意しても、実際に相談が来た後の事実確認・対応・記録が個人任せのままだと、同じ加害行為が繰り返され、次の相談も生まれにくくなるためです。
方針の明文化や相談窓口の設置は、多くの事業所にとって「就業規則に一文加える」「相談窓口担当者を決める」という形で、比較的着手しやすい部分です。問題は、その先です。
実際に職員から「利用者のご家族に大声で怒鳴られた」「訪問先で身体的な接触を伴う言動があった」という相談が寄せられたとき、多くの現場では次のようなことが起こります。相談を受けた管理者が、口頭でヒアリングして終わり、記録に残さない。あるいは記録は残すものの、その事業所・そのケースだけのメモとして個別のファイルに保存され、他の利用者・他のスタッフとの間で同じような言動が繰り返されていないかを横断的に確認する手段がない。事実確認の経過や、利用者・家族への申し入れ内容、その後の様子見期間の設定といった一連の対応が、担当した管理者の頭の中にしか残らない。
こうした状態では、法令が求める「事実確認と再発防止」が、個別の事案ごとの場当たり対応で終わってしまいます。同じ利用者・家族からの言動が別のスタッフに対しても続いていても、それぞれのスタッフの相談が別々に処理されていれば、パターンとして気づくことができません。また、相談したスタッフが「相談したのに何も変わらなかった」と感じれば、次に同様の被害に遭っても相談しなくなり、義務化の目的である「安心して相談できる体制」が形だけのものになってしまいます。
カスハラ対応の記録を仕組み化すると、何が変わるのか?
相談・事実確認・対応・経過観察を利用者IDと職員IDに紐づけて記録することで、同一利用者・同一家族からの繰り返しに気づき、対応の一貫性を保てるようになります。
記録を仕組みとして残すことで、主に3つの変化が生まれます。
第一に、繰り返しの検知です。同じ利用者やその家族からの言動が複数回にわたって記録されていれば、「今回が初めてではない」ことが可視化され、単発対応ではなく組織的な対応(サービス提供責任者や管理者を交えた家族面談、契約内容の見直しの検討など)に切り替える判断材料になります。
第二に、対応の一貫性です。相談を受けた担当者が異動・退職しても、それまでの事実確認内容と対応方針が記録として残っていれば、後任者が同じ基準で対応を引き継げます。属人的な「あの人が抱えていた案件」を減らせます。
第三に、職員の安心感です。相談した内容が確実に記録され、その後の対応状況を自分でも確認できる状態になっていれば、「相談しても放置されるのではないか」という不安が減り、義務化が目指す相談しやすい環境に近づきます。
カスハラ対応の体制整備は何から始めるべきか?
まずは相談窓口と最小限の記録フォーマットを決め、直近に発生した事案から記録を始めるのが現実的です。
いきなり高度なシステムを整えようとせず、次の順番で進めるのが定石です。
- 相談窓口と担当者の決定(1〜2週間): 誰が一次相談を受けるか、相談の秘密保持をどう担保するかを決めます。
- 記録フォーマットの最小化(1週間程度): 「相談日」「相談者」「対象利用者・家族」「言動の内容」「事実確認の結果」「対応内容」「経過観察の予定日」程度の最小限の項目に絞ります。項目が多すぎると、繊細な内容を扱う相談記録ほど入力が後回しにされがちです。
- 試行運用と研修の実施(1ヶ月程度): 実際に相談があった場合にこのフォーマットで記録し、あわせて全職員向けにハラスメントの判断基準と初期対応の研修を行います。
- 運営規程・重要事項説明書への反映(並行して実施): 方針・相談窓口・禁止事項を運営規程や重要事項説明書に明記します。
過去の事案をすべて遡って記録し直す必要はありません。義務化の施行に向けて、これから発生する相談から記録を始め、体制を運用しながら整えていくのが現実的です。
費用感はどのくらい?既製ツールとカスタム開発の違いは?
既製の労務・ハラスメント相談管理ツールは月額数千円〜で使えますが、利用者情報・ケア記録と同じ基盤で扱いたい場合はカスタム開発が選択肢になります。
| 方式 | 費用の目安 | 特徴 |
|---|---|---|
| 汎用の相談窓口・労務管理SaaS | 月額数千円〜数万円 | 職員からの相談受付・記録には対応するが、利用者マスタ・ケア記録・ヒヤリハット報告とは別システムになりがち |
| 紙・Excelでの個別管理 | ほぼ無料 | 手軽に始められるが、利用者を横断した繰り返しの検知や、事実確認の経過管理がしづらい |
| カスタム開発(業務システムに統合) | 初期298万円〜(よりどころべーすの場合) | 利用者マスタ・ケア記録・ヒヤリハット報告と同じ基盤に相談記録を統合し、繰り返しパターンをAIが検知する設計まで作り込める |
既製の労務相談ツールは職員側の相談受付に強い一方、「その相談がどの利用者・どのサービス提供場面で発生したか」という介護現場特有の文脈と切り離されがちです。ケア記録や利用者マスタと同じ基盤で扱いたい場合、カスタム開発による統合が選択肢に入ります。
私たちなら介護のカスハラ対応記録基盤をこう設計する
ここまでは、カスハラ対策義務化の概要と、対応記録を仕組み化する意義を一般論として解説してきました。ここからは、私たちが実際に介護事業所からカスハラ対応基盤の構築を受託するとしたら、どう設計するかを具体的に書き下ろします。あくまで一般化した設計方針であり、実際の項目名や画面構成は貴事業所の相談体制・記録ルールに合わせて詰めていく前提でお読みください。
データ設計: 利用者マスタ×相談記録×対応履歴を1つのキーで結ぶ
土台になるのは「利用者マスタ」「相談記録」「対応履歴」の3層です。相談記録には、相談日・相談したスタッフ・対象となる利用者ID(家族からの言動の場合は家族の続柄も)・言動の概要・発生したサービス種別(訪問・通所・施設)を記録し、利用者マスタと紐づけます。対応履歴には、事実確認の内容、利用者・家族への申し入れ、経過観察の予定日と結果を記録し、相談記録と紐づけます。この構造により、「この利用者・家族について、これまで何件の相談があり、どう対応してきたか」を1画面で追える状態を作ります。
情報の流れ: 相談を受けたサービス提供責任者が入力し、管理者が経過を確認する
相談を受けたサービス提供責任者や現場リーダーは、相談内容と一次対応を記録します。入力された相談記録は管理者のダッシュボードに表示され、管理者は事実確認の担当を割り当て、対応の進捗を追います。経過観察の予定日が近づくと、担当者にリマインドが届き、「対応したつもりが確認を忘れていた」という抜け漏れを防ぎます。相談したスタッフ自身も、自分が相談した案件がどう対応されているかを確認できる画面を用意し、「相談しても分からないまま」という不安を減らします。
AIの回答設計: 「この利用者について過去の相談はあるか」に経過つきで即答する
社内AIチャットに相談記録・対応履歴を接続すると、管理者が新しい相談を受けたときに、過去の経緯をすぐに確認できます。たとえば管理者が「利用者Aのご家族について、過去に相談記録はありますか」とAIチャットに尋ねたとします。AIは相談記録と対応履歴を突合し、「過去に2件の相談記録があります。いずれも訪問時の言動に関するもので、直近の対応として契約時の重要事項説明書の内容を再確認する申し入れを行っています」といった回答を、該当する相談記録へのリンクつきで返します。これにより、管理者は今回の相談が初めてなのか繰り返しなのかを即座に把握したうえで、対応方針を判断できます。
権限・運用ルール: 相談内容の閲覧は管理者・担当者に限定し、当事者以外に共有しない
相談記録は非常にセンシティブな情報のため、閲覧できる範囲を管理者と直接の対応担当者に限定します。現場の他のスタッフには、利用者IDと相談件数の集計値までは共有しても、相談内容そのものは開示しない権限設計にします。これは義務の4本柱にある「プライバシー保護・不利益取扱いの禁止」を運用面で担保するための設計です。あわせて、相談を受けた事実そのものが評価や人間関係に影響しないよう、相談記録へのアクセスログを残し、閲覧できる立場の人間が誰であったかを事後に確認できるようにします。
定着の仕掛け: ヒヤリハット・事故報告と同じ入力導線に組み込む
カスハラ相談の記録が形骸化する最大の原因は、既存のヒヤリハット報告や日々のケア記録とは別の「特別な手続き」として扱われ、心理的なハードルが上がることです。相談記録の入力画面を、既存のヒヤリハット・事故報告の入力導線と近い操作感にすることで、「相談する」という行為自体への心理的抵抗を下げます。あわせて、四半期に一度、相談件数と対応状況の集計を事業所内で共有する仕組みにすると、記録すること自体が組織の文化として定着しやすくなります。
よりどころべーすの介護事業所向けダッシュボードのデモ画面(サンプルデータ)。今月の相談件数、対応中・完了の案件数、経過観察の期限が近い案件、AIによる利用者別の相談履歴照会が1画面にまとまっている。
上の画面は、よりどころべーすの介護事業所向けダッシュボードのデモ画面(サンプルデータ)です。今月の相談件数と対応状況、経過観察の期限が近い案件、AIが提示する利用者別の相談履歴照会が1画面にまとまっています。写っている数値や項目はサンプルですが、実際の構築では、この「利用者×相談記録×対応履歴」の骨格の上に、貴事業所の相談体制や運営規程の記載に合わせて権限設計や集計軸を組み立てていきます。
こうした「利用者×相談記録×対応履歴のデータ設計」「閲覧権限を絞ったプライバシー保護の運用ルール」「既存のヒヤリハット報告と同じ導線に組み込む定着の仕掛け」は、汎用の労務相談ツールを単独で導入するだけでは、利用者マスタやケア記録と切り離された「孤立した相談窓口」になりやすく、実現が難しい領域です。よりどころべーすは、業種別パッケージを基盤にしながら、こうした利用者管理・ケア記録・カスハラ対応記録を1つの基盤に統合する部分をスクラッチで作り込みます。エンジニアが直接ヒアリングして仕様に落とし込むため、「相談窓口は作ったが、利用者情報やケア記録とは別システムのままで、結局現場が使わなかった」という状態を避けやすくなります。ここに書いた設計はあくまで一般化した叩き台であり、実際には貴事業所の相談体制・運営規程の記載内容に合わせて、要件整理から一緒に詰めていくことになります。
義務化の施行日である2026年10月まで、まずは直近半年で「利用者・家族からの言動でヒヤリとした場面」を1つ思い出し、その内容を誰かに相談したか、相談した内容は記録に残っているかを振り返ってみてください。記録が残っていないとしたら、そこが体制整備の出発点です。ご相談はお問い合わせフォームから承っています。
まとめ|カスハラ対策は「方針を作る」で終わらせない
2026年10月の義務化に向けて必要なのは、方針を明文化することだけではありません。実際に相談が来たときに事実確認・対応・記録までを一貫して行い、繰り返しに気づける仕組みを整えることです。この記事を読んで持ち帰れることは、次の3点です。
- カスハラ対策義務化の4本柱(方針の明確化と周知・相談体制の整備・事実確認と再発防止・プライバシー保護)のうち、多くの事業所でつまずくのは「事実確認と再発防止」を継続的に記録する部分であるという判断軸
- 過去の事案をすべて遡って整理する必要はなく、これから発生する相談から記録を始めるのが現実的な進め方であるという着手の仕方
- 相談記録を既存のヒヤリハット報告と別の特別な手続きにしてしまうと、心理的ハードルが上がり定着しないという失敗の避け方
冒頭で触れた「これってどこまで我慢するのが仕事なのか分からない」という職員の不安は、相談してもきちんと記録され対応されるという実感がなければ解消しません。義務化の施行日を待つのではなく、まず相談窓口と最小限の記録フォーマットを決めるところから始めてみてください。
よりどころべーすでは、介護事業所向けに利用者管理・ケア記録・シフト管理からカスハラ対応記録までを一体で構築するカスタム開発を行っています。詳しくは介護・福祉向けAI業務システムの詳細をご覧ください。あわせて、記録を再発防止につなげる考え方が近い介護のヒヤリハット・事故報告の仕組み化や、運営指導対応の書類準備と合わせて読むと理解が深まる介護の運営指導(実地指導)対応の記事もご覧ください。
よくある質問
Q. カスハラ対策の義務化はいつから始まりますか?
A. 2026年10月1日から、規模・サービス種別を問わずすべての介護事業所に義務化される見込みです。訪問介護に限らず、通所介護や施設サービスも対象になります。
Q. 相談記録には利用者の実名を残す必要がありますか?
A. 記事内で紹介した情報源では記録項目の詳細な指定までは示されていません。プライバシー保護の観点から、閲覧権限を限定したうえで、事実確認に必要な範囲の情報を記録する設計が前提になります。具体的な記載方法は自治体の指導や顧問社労士にご確認ください。
Q. 職員間のハラスメント(パワハラ・セクハラ)と同じ窓口で扱ってよいですか?
A. 相談窓口自体は共通化できますが、カスタマーハラスメントは相手が利用者・家族であるため、事実確認や再発防止の対応方法が職員間のハラスメントとは異なります。記録フォーマットや対応フローは区別して設計することをおすすめします。
Q. 過去の事案も遡って記録し直す必要がありますか?
A. 必須ではありません。過去の事案をすべて整理しようとすると作業量が膨大になり着手が止まりがちです。義務化の施行に向けて、これから発生する相談から記録を始める方が現実的です。
Q. 相談件数が少ない小規模事業所でも仕組み化は必要ですか?
A. 義務化は規模を問わずすべての介護事業所が対象です。相談件数が少ない事業所ほど、いざ相談が来たときの対応フローが決まっていないと場当たり対応になりやすいため、最小限のフォーマットだけでも先に決めておくことをおすすめします。
Q. この基盤は既存のヒヤリハット・事故報告の仕組みと連携できますか?
A. 記事内で紹介した設計のとおり、同じ利用者マスタを軸にすることで、ヒヤリハット・事故報告とカスハラ相談記録を同一基盤上で管理する設計が可能です。ただし閲覧権限は分けて設計する必要があります。
