「虐待防止の研修は、去年の秋にやったはず。でも参加者の名簿がどこにあるか分からない」「委員会は開いているけれど、議事録を職員に回した記録は残していない」——運営指導の案内が届いてから、こうした確認に追われる管理者の方は少なくありません。
2024年度の介護報酬改定で、虐待防止の措置が講じられていない事業所には基本報酬の減算が新設されました。身体的拘束等の適正化も対象サービスが広がっています。措置を「やっている」だけでは足りず、やったことを記録で示せるかどうかが問われます。
先に、要点をまとめます。
- 高齢者虐待防止措置未実施減算は、委員会の開催・指針の整備・研修の実施・担当者を定めることの4つのうち1つでも欠けると適用され、所定単位数の100分の1が利用者全員分で減算される(居宅療養管理指導・特定福祉用具販売は対象外)
- 研修の回数は、特養・老健・介護医療院・グループホーム・特定施設などが年2回以上、訪問介護・通所介護・短期入所・小規模多機能・居宅介護支援などが年1回以上と、厚生労働省のQ&Aで示されている
- 身体的拘束等は、訪問系・通所系でも、緊急やむを得ない場合を除いて行ってはならず、行う場合は態様・時間・心身の状況・緊急やむを得ない理由の記録が義務になった
- 4つの措置と身体拘束の記録を、職員名簿と利用者台帳にひもづけて残しておくと、「いつ・誰が・何をしたか」をすぐに示せる
この記事は、介護事業所の管理者・サービス提供責任者・法人本部で運営管理を担当している方に向けて、何を記録し、どう残すかを整理します。個別の事業所が要件を満たしているかの判断は、指定権者(都道府県・市町村)の案内で確認してください(本記事の制度記述は2026年10月2日時点で確認)。
高齢者虐待防止措置未実施減算は、何が欠けると適用されるのか?
委員会の開催、指針の整備、研修の実施、担当者を定めることの4つのうち、1つでも講じられていなければ減算の対象です。虐待が実際に起きたかどうかは関係ありません。
2024年度の介護報酬改定では、利用者の人権の擁護と虐待の防止を進める観点から、居宅療養管理指導と特定福祉用具販売を除くすべての介護サービス事業者について、虐待の発生や再発を防ぐための措置が講じられていない場合に基本報酬を減算することになりました。措置の中身は「虐待の発生又はその再発を防止するための委員会の開催、指針の整備、研修の実施、担当者を定めること」です。福祉用具貸与には3年間の経過措置が設けられています(令和6年度介護報酬改定に関する審議報告|厚生労働省)。
減算の幅は所定単位数の100分の1です。率だけ見ると小さく見えますが、利用者全員の基本報酬にかかります。減算が始まると、措置が講じられていない事実が生じた月の翌月から、改善計画に基づく改善が認められた月まで続きます。改善状況の報告は、事実が生じた月から3か月以降に行う流れです(虐待防止措置未実施減算の適用期間について|大阪府)。
研修の回数は、サービスによって異なります。厚生労働省は2025年1月のQ&Aで、次のように整理しています(介護保険最新情報Vol.1345|厚生労働省老健局高齢者支援課)。
| 研修の回数 | 主なサービス |
|---|---|
| 年2回以上 | 介護老人福祉施設、介護老人保健施設、介護医療院、認知症対応型共同生活介護、特定施設入居者生活介護、地域密着型介護老人福祉施設入所者生活介護 など |
| 年1回以上 | 訪問介護、訪問看護、通所介護、通所リハビリテーション、短期入所生活介護、小規模多機能型居宅介護、定期巡回・随時対応型訪問介護看護、居宅介護支援 など |
自分の事業所のサービス種別がどちらに当たるかは、各サービスの指定基準の解釈通知で確認できます。
身体的拘束等の適正化は、サービスによって何が違うのか?
施設系・居住系は従来から、短期入所系と多機能系は2024年度改定から、委員会・指針・研修の措置が義務で、講じていなければ減算です。訪問系・通所系などは減算の対象外ですが、身体的拘束等を行う場合の記録が義務になりました。
2024年度改定での見直しは、サービスの区分ごとに次のとおりです(令和6年度介護報酬改定に関する審議報告|厚生労働省)。
- 短期入所系サービス・多機能系サービス: 身体的拘束等の適正化のための措置(委員会の開催等、指針の整備、研修の定期的な実施)を義務づけ、講じていない場合は基本報酬を減算。1年間の経過措置が設けられ、2025年4月に終了した
- 訪問系サービス、通所系サービス、福祉用具貸与、特定福祉用具販売、居宅介護支援: 利用者や他の利用者の生命・身体を保護するため緊急やむを得ない場合を除き、身体的拘束等を行ってはならない。行う場合は、その態様と時間、そのときの利用者の心身の状況、緊急やむを得ない理由を記録する
前述のQ&Aでは、身体的拘束等を一度も行っていない事業所でも、委員会・指針・研修のすべての措置がなければ減算になると示されています。また、緊急やむを得ない場合の検討では「切迫性」「非代替性」「一時性」の3つの要件をすべて満たしたことの記録が確認できなければ減算になり、訪問系・通所系では減算はないものの、記録が確認できなければ指導の対象になるとされています(介護保険最新情報Vol.1345)。
つまり、身体拘束をしない方針の事業所でも委員会と研修の記録は必要で、拘束をした場合は3つの要件を検討した記録まで必要です。
「やっているのに説明できない」は、どこで起きるのか?
委員会・研修・担当者の記録が、議事録ファイル、研修の出欠表、組織図と別々の場所にあり、年度をまたいでつながっていないところで起きます。
措置を何もしていない事業所は多くありません。困るのは、やったことを示す記録が散らばっている場合です。よく見かけるのは次のような状態です。
- 研修の出欠が紙のまま: 研修資料はあるが、誰が受講し、欠席者にいつ補講したかが分からない。年2回以上が必要なサービスで、2回目の実施日が確認できない
- 委員会の結果を周知した記録がない: 委員会は開いて議事録も作ったが、結果を職員に周知したことを示す記録がない
- 担当者が退職して空席: 指針には担当者名が書いてあるが、その職員はすでに退職していて、後任を決めた記録がない
- 指針の見直し日が古い: 指針は整備したものの、作成日以降に委員会で見直したかどうかが分からない
- 身体拘束の記録に3要件の検討がない: 開始時刻や態様は書いてあるが、切迫性・非代替性・一時性をどう検討したかが残っていない
いずれも、運営指導の場や指定権者から求められたときに、その場で示せないと困るものです。4つの措置と身体拘束の記録を、日々の業務の中で同じ台帳に残す形にしておくと、慌てて探す作業がなくなります。運営指導全体の書類準備については介護の運営指導(実地指導)対応、書類準備を日常業務に組み込む仕組みで解説しています。
何を、どの単位で記録すればよいのか?
措置ごとに「示すべき事実」と「その事実を示す記録」を決め、委員会は開催回、研修は職員×回、担当者は任期、身体拘束は利用者×1回の行為を単位にします。
| 措置 | 示すべきこと | 記録の単位 | 残す項目の例 |
|---|---|---|---|
| 委員会の開催 | 定期的に開き、結果を職員に周知している | 開催1回ごと | 開催日、出席者、議題、決定事項、周知の方法と日付 |
| 指針の整備 | 指針があり、見直している | 指針の版ごと | 版番号、作成・改訂日、改訂理由、承認した委員会の回 |
| 研修の実施 | 所定の回数を実施し、職員が受講している | 職員×研修回 | 研修日、テーマ、受講者、欠席者と補講日 |
| 担当者を定める | 担当者が今も在籍している | 任期ごと | 担当者名、就任日、退任日、後任 |
| 身体拘束の記録 | 3要件を検討し、態様・時間・心身の状況・理由を残している | 利用者×1回の行為 | 開始・終了時刻、態様、心身の状況、3要件の検討内容、家族への説明、解除の検討 |
この表をそのままExcelのシートに分けて始めることもできます。大事なのは、研修を「研修1回につき1行」ではなく「職員1人×研修1回」で持つことです。そうしておくと、今年度まだ受講していない職員の一覧を出せます。ヒヤリハットや事故報告の記録と同じく、委員会で再発防止を検討する場面では、事故報告とのつながりも必要になります。事故報告の残し方は介護のヒヤリハット・事故報告の仕組み化で扱っています。
既製の介護ソフトや研修サービスとの違いは?
介護ソフトはケア記録と請求、eラーニングは研修の受講管理が得意です。委員会・指針・担当者・身体拘束の記録を職員名簿と利用者台帳につなげて1か所で見る部分は、どちらにも収まりにくいところです。
| 方式 | 費用の目安 | 向いている範囲 |
|---|---|---|
| 介護ソフト(記録・請求) | 月額数万円〜(事業所規模・機能で異なる) | ケア記録、請求、計画書。身体拘束の記録欄を持つ製品もある |
| 研修のeラーニングサービス | 月額制(受講者数で変動) | 研修動画と受講履歴の管理。委員会や担当者の記録は別管理 |
| Excel・紙のファイル | 低コスト | 1事業所で担当者が把握できる規模なら回る。年度をまたいだ集計は手作業 |
| カスタム開発 | 初期298万円〜(よりどころべーすの場合) | 委員会・研修・担当者・身体拘束の記録を、職員名簿と利用者台帳に束ねる |
1事業所で職員数が少なければ、上の表の5つのシートを持つExcelでも十分に回ります。複数の事業所を運営している法人で、本部が各事業所の措置の状況をまとめて見たい場合や、eラーニングの受講履歴と集合研修の出欠を合わせて数えたい場合に、仕組み化を検討する意味が出てきます。カスタム開発の場合、ライトプランが初期298万円〜、フルプランが450万円、プレミアムプランが750万円(いずれも税別)、保守は月額10万円〜で、最短1.5ヶ月で公開できます。
私たちなら介護事業所の虐待防止・身体拘束の記録基盤をこう設計する
ここまでは、2つの減算の要件と、記録の残し方の一般論を整理してきました。ここからは、私たちが介護事業所を運営する法人から、この記録の仕組みづくりを受託するとしたら、どう設計するかを書き下ろします。示すのは構成の考え方で、項目名や画面の作りは、貴法人のサービス種別・事業所数・委員会の運営方法を伺ってから決めます。
データ設計: 事業所マスタ×職員名簿×利用者台帳に、4つの措置と身体拘束の記録をぶら下げる
土台は「事業所マスタ」「職員名簿」「利用者台帳」の3つです。事業所マスタには、サービス種別と、そこから決まる研修の必要回数(年2回以上か年1回以上か)、身体拘束の減算の対象かどうかを持たせます。その下に、委員会(虐待防止と身体拘束適正化。一体で運営する場合はその旨も)の開催記録、指針の版、担当者の任期をぶら下げます。研修は「研修回」と「職員×研修回の受講記録」に分け、欠席者の補講も同じ受講記録として残します。身体拘束の記録は利用者台帳にひもづけ、1回の行為ごとに開始・終了時刻、態様、心身の状況、切迫性・非代替性・一時性それぞれの検討内容、家族への説明日、解除に向けた検討日を持たせます。
情報の流れ: 現場が記録し、担当者が束ね、管理者と本部が確かめる
身体拘束を行う場面では、看護職員や介護リーダーがその場で記録を起票し、3要件の検討欄が埋まらないと保存できないようにします。研修の受講は、集合研修なら担当者が出欠を入力し、eラーニングは受講ログを取り込みます。委員会の後は、虐待防止の担当者が議事録を登録し、職員への周知を「掲示した」「回覧した」などの方法と日付で残します。管理者は事業所ごとの措置の状況を月に一度確認し、法人本部は全事業所を横並びで見ます。
AIの回答設計: 足りない記録を、根拠つきで一覧にする
社内AIチャットからこれらの記録を参照できるようにすると、管理者は台帳を開かずに不足を確かめられます。たとえば管理者が「今年度の虐待防止研修を、まだ受けていない職員は誰ですか」と尋ねたとします。AIは職員名簿と受講記録を突き合わせ、「在籍職員32名のうち、今年度の虐待防止研修を受講していないのは3名です。うち2名は6月の研修を欠席し、補講の記録がありません。1名は8月入職で、入職後に開催された研修はまだありません。該当職員と、過去の研修の実施日を表示します」と答え、該当する受講記録を添えます。
もう1つの使い方が、身体拘束の記録の点検です。看護職員のリーダーが「先月の身体拘束の記録で、一時性の検討が書かれていないものはありますか」と聞けば、3要件の欄のうち未記入のものと、解除の検討日が過ぎているものを一覧にします。AIの役割は記録の抜けを見つけて示すところまでで、拘束が適正だったかの判断は委員会と管理者が行います。
権限・運用ルール: 身体拘束の記録は書き換えられない形で残す
身体拘束の記録は、利用者の権利にかかわる記録です。保存後は上書きできない形にし、訂正は訂正履歴として追加します。閲覧は当該利用者のケアにかかわる職員、委員会、管理者に限ります。担当者が退職・異動する場合は、職員名簿の退職手続きの中で「虐待防止の担当者になっている」ことを表示し、後任を決めるまで手続きを完了できない順番にします。
定着の仕掛け: 年度の予定表から逆算して知らせる
事業所のサービス種別から、その年度に必要な研修回数と、委員会の開催予定を年度初めに予定表として作ります。予定日が近づくと担当者に知らせ、年度の後半に入っても2回目の研修の予定がない事業所は、管理者と本部の画面で目立つようにします。新しく入職した職員には、入職後に受講すべき研修を受講記録の「未受講」として最初から登録しておきます。
よりどころべーすの介護事業所向けダッシュボードのデモ画面(サンプルデータ)。利用者数・今月訪問件数・ヒヤリハット件数のKPIカード、月次推移のグラフ、ケア記録入力や利用者面談などの直近タスクが並び、左のメニューにケア記録管理・利用者管理・ヒヤリハット報告・シフト最適化・タスク管理・ファイル管理がある。
上の画面は、よりどころべーすの介護事業所向けダッシュボードのデモ画面(サンプルデータ)です。利用者数やヒヤリハット件数のKPIカード、担当者別の直近タスクが並び、左側のメニューからケア記録管理・ヒヤリハット報告・スタッフ・シフト・ファイル管理があります。数値や氏名はデモ用のサンプルデータです。委員会・研修・身体拘束の記録の画面は、このデモにはまだありません。実際の構築では、この「利用者×職員×タスク」の骨格の上に、上で書いた4つの措置と身体拘束の記録を載せて作り込みます。
委員会・研修・担当者・身体拘束の記録を、職員名簿と利用者台帳につないで1か所で見る部分は、介護ソフトとeラーニングを別々に入れると、その間に紙やExcelとして残りやすいところです。よりどころべーすはパッケージ×スクラッチの構成をとっているため、ケア記録・ヒヤリハット報告・シフトが載った基盤に措置の記録を追加し、貴法人の委員会の運営方法や研修の進め方に合わせて作り込めます。要件を固める段階では、エンジニアが管理者や虐待防止の担当者から「運営指導の前に何を探しているか」を直接聞き取ります。上の設計は出発点です。事業所の数やサービス種別で必要な画面は変わるので、要件の整理からご一緒します。
まずは今年度の虐待防止研修について、受講した職員の名前を名簿と突き合わせてみてください。名前を確かめられない職員がいれば、そこが記録を見直す入口です。ご相談はお問い合わせフォームから承っています。
まとめ|措置は「記録で示せる形」にしておく
押さえておきたいのは次の3点です。
- 高齢者虐待防止措置未実施減算は、委員会・指針・研修・担当者の4つのうち1つでも欠けると、利用者全員分の所定単位数の100分の1が減算される。研修はサービスにより年2回以上か年1回以上
- 身体的拘束等は、短期入所系・多機能系にも措置と減算が広がり、訪問系・通所系などでも行う場合の記録が義務になった。3要件の検討を記録に残す
- 記録は措置ごとに単位を決め、研修は「職員×研修回」で持つと、未受講者を一覧にできる
介護事業所向けの業務システムの全体像は、介護・福祉向けAI業務システムの詳細で紹介しています。利用者・家族からのハラスメントへの相談記録については、介護のカスタマーハラスメント対策と相談記録の仕組み化も参考にしてください。
よくある質問
Q. 虐待が一度も起きていない事業所でも減算になりますか?
A. なります。高齢者虐待防止措置未実施減算は、虐待が起きたかどうかではなく、委員会の開催・指針の整備・研修の実施・担当者を定めることの措置が講じられているかで判断されます。4つのうち1つでも欠けていれば対象です。
Q. 虐待防止の研修は年に何回必要ですか?
A. 厚生労働省のQ&A(介護保険最新情報Vol.1345)では、介護老人福祉施設・介護老人保健施設・介護医療院・認知症対応型共同生活介護・特定施設入居者生活介護などは年2回以上、訪問介護・通所介護・短期入所生活介護・小規模多機能型居宅介護・居宅介護支援などは年1回以上とされています。
Q. 減算はいつからいつまで続きますか?
A. 措置が講じられていない事実が生じた月の翌月から、改善計画に基づく改善が認められた月まで、利用者全員について減算されます。改善状況の報告は、事実が生じた月から3か月以降に行います。手続きの詳細は指定権者の案内を確認してください。
Q. 身体拘束をしていない訪問介護事業所でも、記録は必要ですか?
A. 訪問系・通所系サービスは身体拘束廃止未実施減算の対象ではありませんが、緊急やむを得ない場合を除いて身体的拘束等を行ってはならず、行う場合は態様・時間・心身の状況・緊急やむを得ない理由の記録が義務です。行っていなければ、拘束の記録自体は生じません。虐待防止の4つの措置は、身体拘束の有無にかかわらず必要です。
Q. 身体拘束の記録で、特に抜けやすい項目は何ですか?
A. 切迫性・非代替性・一時性の3つの要件をどう検討したかの記録です。厚生労働省のQ&Aでは、3つの要件すべてを満たしたことの記録が確認できなければ減算の対象になる(訪問系・通所系では指導の対象)とされています。
